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東京地方裁判所 昭和53年(行ウ)136号 判決 1980年7月30日

東京都文京区小日向一丁目一一番一〇号

原告

宇土芳郎

右訴訟代理人弁護士

新寿夫

東京都文京区春日一丁目四番五号

被告

小石川税務署長

右指定代理人

梅村裕司

新村雄治

小笠原忠

岡田攻

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告の昭和五〇年分所得税につき被告が昭和五二年二月二八日付でした更正及び重加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告の昭和五〇年分の所得税について原告のした確定申告及び加算税の賦課決定の経緯は次表のとおりである。

<省略>

2  原告は被告のした右昭和五二年二月二八日付更正及び重加算税賦課決定に対し異議申立及び審査請求をしたが、いずれも棄却された。

3  しかし、前記更正及び賦課決定(但し、重加算税賦課決定については、昭和五五年五月二〇日付変更決定により一部取消された後のもので、以下これらを「本件更正」及び「本件賦課決定」という。)は違法であるから取消しを免れない。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1及び2は認め、3は争う。

三  被告の主張

1  原告の修正申告における総所得金額に加算減算した所得金額の内訳は次のとおりである。

(加算分)

(一) 不動産所得 一五三、〇〇〇円

右は、原告が雑所得として申告していた一八〇、〇〇〇円は不動産所得に属すべきものであるから、これに係る必要経費を二七、〇〇〇円と認定して算出したものである。

(二) 雑所得 二四、一五七、〇〇〇円

(減算分)

雑所得 一八〇、〇〇〇円

右は(加算分)(一)の不動産所得へふりかえた分である。

2  雑所得二四、一五七、〇〇〇円を認定した根拠は次のとおりである。

原告が昭和五〇年中に商品取引員である山文産業株式会社(以下「山文産業」という。に委託し、里見マサ子及び宇土収名義を用いて行なった大手亡豆等の先物取引(以下「商品取引」という。)に係る総収入金額は別表一記載のとおり

二四、三三二、二〇〇円であるところ、右商品取引に係る必要経費は電話代六〇、〇〇〇円及びタクシー代一一五、二〇〇円の合計一七五、二〇〇円であるからこれを控除して雑所得金額を二四、一五七、〇〇〇円と認定した。

3  重加算税三、八九一、〇〇〇円を認定した根拠は次のとおりである。

原告は商品取引を行なうに当たり架空人名義である里見マサ子及び宇土収名義を使用して商品売買の注文、決済代金の授受及び売買報告書、計算書、残高照合表の受領等をし、これから生じた前記雑所得を仮装隠ぺいし右所得を除外し、ことさら過少な確定申告書及び修正申告書を提出したものであるから、右は国税通則法第六八条の重加算税を課すべき場合に該当する。重加算税額の計算は別表二記載のとおりである。

四  被告の主張に対する認否及び原告の主張

(被告の主張に対する認否)

1 被告の主張1のうち加算分(一)の不動産所得及び減算分は認める。加算分(二)雑所得については、当初これを認めたが、そのうち金二七、二〇〇、一〇〇円を超える部分を否認すること後記2のとおりである。

2 同2については当初すべて認めたが、別表一の清算差益金三一、七七八、〇〇〇円のうち原告が認めるものは、二七、二〇〇、一〇〇円であり、里見マサ子名義の四、二〇七、九〇〇円及び宇土収名義の三七〇、〇〇〇円が原告に帰属するとの点については真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるから右部分に係る自白を撤回し、否認する。

3 同3のうち原告が里見マサ子及び宇土収名義を用いて商品取引をしたこと及び右商品取引から生じた所得を申告しなかったこと及び重加算税額の計算関係は認め、右商品取引に係る所得金額の認否について前項のとおりであり、その余は争う。

原告が右の各名義を使用したのは姓名学上の判断によるものであって、税負担を免れようとする主観的意図に基づいてしたものではない。従って、原告が結果的に納税していないとしても国税通則法第六八条に該当しないから重加算税を課すべきではない。

(原告の主張)

1 原告は昭和五一年中の商品取引において四八、四五四、四〇〇円の損失を被っているからこれと昭和五〇年中の商品取引による利益二四、一五七、〇〇〇円と通算すべきである。すなわち、商品取引においては相場の変動が激しく利得と損失を容易に確定し得ないから、かかる所得につき公平かつ担税力に応じた税負担を実現するためには一年間の取引のみを単位としないで当該年度の前年及び後年の損益の考慮、すなわち損失の繰り越し及び繰り戻しを認めるべきである。そうすると、原告の昭和五〇年中の雑所得については前記の昭和五一年中の損失の繰り戻しを認めると雑所得は存しないことになる。

仮に右損失の繰り戻しが認められないとすれば、所得税法上損失の繰り戻しが認められている場合(同法第一四〇条以下)に比して原告を不当に不利益に取り扱うもので憲法第一四条第一項に違反する。

2 仮に右主張が認められないとしても、原告は昭和五〇年末現在で未決済建玉四〇八枚を有していたところ、これを右時点の時価で清算したとすれば一七〇、七二四、〇〇〇円の損失があったことになるから、右損失額を雑所得金額から控除すべきである。

五  被告の反論

1  前項の認否のうち2及び3の自白の撤回には異議がある。

2  原告の主張する損失の繰り戻しを認めるべき所得税法上の根拠は全くないし、このことは憲法第一四条とも何ら関連性を有しないものであるから原告主張は失当である。

3  原告が行なった商品取引(原告は商品を受け渡したことはなくすべて差金決済である。)に係る所得金額は、その年分に算入する清算差損益金額から一定の経費を控除した金額である。そしてその清算差損益金の額はいわゆる反対売買(転売買戻し)による差金決済によりその年中に収入すべき権利として確定した清算差益金の額又は同じく支出すべき債務として確定した清算差損金の額である。従って、原告が主張する昭和五〇年末現在における建玉の時価評価損は単なる損失見込み額にすぎず、これを右年分の雑所得の計算において控除することはできない(所得税法第三六、三七条)から原告主張は失当である。

第三証拠

一  原告

1  甲第一号証の一、二及び第二号証ないし第四号証を提出

2  原告本人尋問の結果を援用

3  乙第一号証の成立は不知、第二号証、第四号証の一ないし一一、第六号証の一ないし一七及び第七号証の成立(第七号証以外は原本の存在も含めて)は認める(但し、第二号証の下記の書き込み部分の成立は不知)。第三号証の一ないし一二は原本の存在は認めるが、その成立は否認する。乙第五号証の一ないし一三の成立(原本の存在を含めて)は否認する。

二  被告

1  乙第一、二号証、第三号証の一ないし一二、第四号証の一ないし一一、第五号証の一ないし一三、第六号証の一ないし一七及び第七号証を提出

2  証人池攻の証言を援用

3  甲号各証の成立は認める。

理由

一  請求の原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  本件更正の適法性について

1  被告の主張1の事実のうち加算分(一)の不動産所得及び減算分については当事者間に争いがなく、加算分(二)雑所得及び同2の事実についても当初当事者間に争いがなかったところ、原告は清算差益金のうち里見マサ子名義の四、二〇七、九〇〇円及び宇土収名義の三七〇、〇〇〇円につき、これが原告に帰属することを認めた陳述を真実に反し錯誤に基づいてしたものであるから撤回すると主張する。

そこで右自白の撤回の可否について検討するに、原告は右各名義の清算差益金が原告に帰属する旨の自白は真実に反する旨主張するところ、原告本人尋問の結果中には、原告が山文産業の会長である亀井からの求めに応じて右里見マサ子名義の使用を同人に許したところ、亀井は右名義を用いて勝手に商品取引を行なったことがあり、被告主張の清算差益の中には、このように原告の全く知らない取引に係るものが含まれているかのような供述部分がある。しかし、証人池功の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証(山文産業の被告あて確認書)には原告の昭和五〇年中の商品取引に係る利益金額が二四、三三二、二〇〇円である旨の記載が存するところ、右利益金額が原告主張の前記金額を含んでいることは弁論の全趣旨から明らかであるし、また成立に争いない甲第一号証の一及び第二号証ないし第四号証によれば、被告は本件更正において原告の雑所得金額を商品取引に係る収益金二四、三三二、二〇〇円(里見マサ子名義分二三、九六二、二〇〇円、宇土収名義分三七〇、〇〇〇円)から必要経費を控除して二四、一五七、〇〇〇円と認定しているところ、原告は右雑所得金額及びその算出の過程を異議申立及び審査請求のいずれの機会においても争っていないことが認められる。更に、証人池功の証言によれば、同人は山文産業の業務課長として原告の昭和五〇年中の商品取引に関与し、原告からの注文、金銭の授受、書類の作成等はすべて同人を通じて行なってきたところ、会長の亀井から宇土名義による商品取引を依頼されたことはなく、また会長の取引が業務課長の知らないうちに原告の取引として記帳されることはあり得ない旨供述しているし、前記の原告の供述部分は商品取引の行なわれた時期、数量等においてそれ自体不明瞭であって前掲各証拠と対比すると到底採用し難く、他に前記自白が真実に反することを認めるに足る証拠はない。そうするとその余の原告主張につき判断するまでもなく前記自白の撤回は許されないものというべきである。従って、原告の昭和五〇年中の商品取引による所得は、被告主張のとおり二四、一五七、〇〇〇円となる。

2(一)  原告は商品取引は相場の変動が激しく利得を容易に確定し難いからこれによって生じた所得につき公平かつ担税力に応じた税負担を求めるには損失の繰り越し、繰り戻しを認めるべきだと主張するが、右所得につき損失の繰り越し及び繰り戻しを認めるべき法律上の根拠は何ら存しないから、右主張は到底採用の限りでない。

また原告は少なくとも昭和五一年中の商品取引から生じた損失四八、四五四、四〇〇円の昭和五〇年度への繰り戻しを認めるべきであり、これを認めない場合には所得税法第一四〇条に規定する場合に比べ、原告を不当に不利益に取り扱うもので憲法第一四条第一項に違反すると主張する。

しかし、所得税法第一四〇条は青色申告書を提出する居住者について、その年に純損失の金額がある場合には所轄税務署長に対し、その前年の課税総所得金額等につき所定の税率を適用して計算した所得税額から、右前年の課税総所得金額等からその年の純損失の金額の全部又は一部を控除した残額につき同一の方法により計算した所得税額を控除した金額に相当する所得税の還付を請求することができる旨規定しているものであって、その前年分の課税標準額の算出に当たりその翌年の純損失の金額の繰り戻し控除を認めているものではない。従って、当該年度の課税標準の算出に当たり翌年度の純損失の繰り戻し控除を認めない限りにおいては原告と青色申告者との間に何らの差異があるわけではない(すなわち、純損失を生じた年度、原告主張に即していえば昭和五一年度に還付請求を認めるか否かの差異である。)から原告の右主張は前提を誤ったもので失当である。

(二)  原告は昭和五〇年末に有していた建玉四〇八枚を右時点で時価清算した場合に生じる損失を雑所得から控除すべきである旨主張するが、右建玉が昭和五〇年末に反対売買により清算されていないことはその主張自体から明らかである。そして、所得税法第三六条第一項に規定する「収入すべき金額」とは収入すべき権利の確定した金額をいうところ、商品取引においては商品相場が時々刻々変動することは周知のところであるからかかる取引においては反対売買又は物の受渡しが行なわれて始めて収入すべき金額が確定するのであって、たとえ建玉の一時期における価額が客観的に明らかであるとしても未だ反対売買による決済がなされていない以上右評価額を収益として計上することは権利確定主義の原則に反し許されないから原告の主張は失当である。

3  そうすると本件更正には何ら原告主張の違法はない。

三  本件賦課決定の適法性について

1  原告が昭和五〇年中に里見マサ子及び宇土収名義を用いて商品取引を行ない、これによって二四、一五七、〇〇〇円の所得を得たこと(この点に関する原告の自白の撤回が許されないことは既に説示したとおりである。)並びに原告が確定申告及び修正申告において右所得を申告しなかった事実は当事者間に争いがない。

原告は右各名義の使用は姓名学上の判断によるものであって、税負担を免れようとして事実を隠ぺい又は仮装したものではないと主張するのでこの点につき判断するに、まず架空人名義又は他人名義を用いて取引を行ない、その取引から生じた所得をことさら除外して納税申告書を提出した場合には特段の事情がない限り国税通則法第六八条第一項に定める隠ぺい又は仮装の故意があったものと推定するのが相当である。そこで、原告が右確定申告において前記の商品取引に係る所得を申告しなかった経緯についてみるに原告本人尋問の結果によると、原告は昭和二一、二年ころから商品取引を行なってきたものであるが、商品取引においては相場の変動が激しく安定した利得の確保は困難であるからかかる所得に対して課税するには安定した利得の測定が可能となる三年ないし五年間の商品取引による損益を通算して課税するのが適当であるとの独自の考えを持ち、このような観点から暦年単位で課税し右のような損益通算を認めない現行所得税法は商品取引には適さないものと考えており、そしてかかる考えから従来も商品取引に係る所得の申告を行なってこなかったところ、昭和五〇年度においても前記の所得が生じたが申告する必要はないとし、右所得を除外して確定申告を行なったことが認められ、この事実によれば原告は昭和五〇年中の商品取引に係る所得をことさら除外して確定申告を行なったものというべきである。そうすると、原告が前記の架空人若しくは他人名義を使用した事実に争いない本件においては原告に国税通則法第六八条第一項の隠ぺい又は仮装の故意があったものというべきである。

原告は右名義の使用は姓名学上の判断によるものであると主張し、これにそう原告本人の供述も存するが、右供述部分から原告主張を十分に肯認することは困難であるし、また仮にそうであるとしても右姓名学上の判断と隠ぺい又は仮装の故意とは両立しうるものであるから前記認定を左右するには足りないものであり、他にこれを左右する証拠もない。

2  そうすると、被告主張の重加算税額の計算関係については当事者間に争いがないから、本件賦課決定に原告主張の違法はない。

四  以上の次第であるから原告の本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤田耕三 裁判官 原健三郎 裁判官 田中信義)

別表一

<省略>

(清算差益収入)

別表二

算式

一五、一二二、二〇〇(計算の基礎となる数額)―二、一五一、六〇〇(重加算税を課さない部分の税額)=一二、九七〇、六〇〇

(千円未満切捨による)一二、九七〇、〇〇〇×三〇%=三、八九一、〇〇〇

(計算の基礎となる数額)

<省略>

(重加算税を課さない部分の税額)

<省略>

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